本丸じゃないから恥ずかしくないもん!
ようやく!ようやくこの夏、念願の盲導犬訓練施設、富士ハーネスに行ってきました。
常時見学が出来る日本で唯一の盲導犬訓練施設
富士ハーネスは、知る人ぞ知る、日本で唯一常時見学ができる盲導犬訓練施設です。
我が家の近くにも訓練施設はあるのですが、ガチすぎる訓練施設で基本見学できる場所ではありません。
だから盲導犬協会の
本丸?のガチな施設ながら常時見学を受け入れてる富士ハーネスは、いつか行きたい!と思っていた場所のひとつ。
なぜ狙っていたかというと、
*娘が無類の動物好きである
ことに加え、
*娘に「働く」についてぼんやりでも感じて欲しいなぁなんて。
街で見かけるきりっと働く盲導犬。
その盲導犬の働く動機って高い社会性にありますよね。
単にリワード(お金、餌)欲しさに働くのではなく、大好きな人の役に立って褒めてもらいたい、社会の一員となる喜びが働くことの原動力になる、大好きな犬のそんな姿を娘には見てほしいなぁなんて思ったのでした。
あと、それに加えて是非感じて欲しかったのが
*寄付の存在意義について
遅々とながら我が家ではお金学に取り組んでいますが、一番伝え方に悩むのは「寄付について」なんです。お金学では収入の20パーセントを寄付に回すようガイドされます…が20パーセントって結構な金額!
今の経済の仕組みではカバーできないのが弱者へのお金の流れ。
もちろん税金投入も大きな解決方法ではありますが、複雑な現代社会ではそれだけでは痒いところに手が届かない。
一般市民の社会参加&貢献として寄付はキーとなる行動であるものの、「貯蓄こそ賢い市民!」的な潜在意識がある日本人には、なかなか馴染まない行為だと思います。
盲導犬事業は活動の9割が寄付により賄われている事業。
子供にも存在意義を説明しやすく、また理解しやすい。寄付の重要性が伝わるかなぁという親のエロ心…これも隠れ目的です。
さて、能書きはともかくこちらの富士ハーネス、
実際にいってみると富士山の麓の観光地、ミルクランドなる農場観光地のお隣。おお、なんと立ち寄りやすい
清潔で明るい施設の中、入るとすぐ歩行訓練をしている盲導犬候補犬に遭遇。
おぉ…凛!と仕事してあて我々に全く怯まない。完璧に無視!さ、さすが!
そして広いカフェテリア施設に説明会会場、そして子犬のお部屋と運動場など。
盲導犬として生まれた子犬は親兄弟と二週間過ごしたあと、この施設で更に二週間過ごし、そして育て親(パピーウォーカー)の元に一年預けられます。
運動場ではパピーウォーカーに預けられる前の、^_^無邪気に遊ぶ子犬達。
それを優しい眼差しで見つめ、何やら細かくメモを取る職員の方が。
「それぞれみんな性格が違うので丁寧に観察するんです。少し大きな犬に意地悪された時の対応とか。盲導犬としての適正云々ではなく、どう育てていくかのプラン立ての際に参考にするんです。」
へー!凄い!!まるで子育て!!
いや下手したら人間の子ですらそこまで綿密にやってないかも〜。犬も性格により適した育て方、環境がある。「まずは子供を観察しましょう」って、モンテッソーリ ですか!
そして毎日行われる盲導犬デモンストレーションに参加しました。
PR犬の、呼ばれなかったらずっと伏せをしている様子から、ハーネスを着ける、道で曲がる、段差のある場所を教える、などいくつかのコマンドの意味と実際にやってみる姿が見れます。
盲導犬は賢く色々なことを理解してはいますが、あくまでも判断は全て人間が行い、犬は教えられた通りのことをする。主従の関係があってこそなんですね。
このデモンストレーションの観客には何名かの目に障害をお持ちの方がいらっしゃいました。二人ほど、娘と年齢が近い子も。
娘はそっと「どうして目が見えないの?」「直らないの?」と聞いてきました。
現在盲導犬は850頭。
盲導犬の助けを必要している人は1万人と聞きますから、障害をお持ちの方々に盲導犬事業の発展は切実でしょうね。
普段の生活ではなかなか存在が知り得ない障害の方の存在に思いを馳せること。
そんなことも娘は感じたでしょうか。。。
さて、そんな有意義な時間ですが、我が家には事情や思いを度外視して行動する一歳児がおりまして、デモンストレーションよりランチ!というかココ嫌〜と泣き叫び始めたため、全メニューの半分くらいで退散
うぅ…最後まで聞きたかったよぅ。
諦めきれないで入り口あたりをウロウロしていると…。
「あれ?最後まで聞かれないんですかぁ?」と職員の方が声をかけてくれました。
「聞きたいのですが1歳児にはまだ早くて…」と伝えると職員室よりお休み中の、別のPR犬を連れてきて、なーんと直接触れ合い&お話を聞く機会を頂きました。
その時連れてきてくれたPR犬くんは御年7歳。訓練成績は優秀であったものの肌が弱く盲導犬としての道は断たれたとか。
しかし物怖じせず人間大好き、大勢に囲まれて褒められるとよりいっそう張り切る性格を買われ、現在PR犬として活躍!
職員の方曰く「もうね、可愛いとか凄いとか賢いとか、自分の名前と同じレベルで言われるの大好き、言われるの当たり前って思っています。」と。
うおー凄い自己愛!それが優秀な子のバックボーンにあるのか…やっぱり自己肯定感は大切だ
。
せっかくだから根掘り葉掘り聞いてみました。
*候補生から盲導犬になれる犬の割合はどのくらい?
ー3割から4割程度。盲導犬候補として大切に育てられても、健康面や適正から全頭なれる訳ではないんです。
*引退はあるんですか?
ー大体10歳くらいで引退します。もちろんちゃんと健康診断して、安全性な限りにはなりますが。
よくストレスで寿命が短いのでは?なんて聞かれますが、一般の大切に育てられた犬と変わりません。
*盲導犬訓練士になろうと思ったきっかけは?
ー小さいころに読んだ絵本がずっと残っていて…
我が家でもここに来る前&帰宅後にたくさんの本を読みました。
↓盲導犬になるまでを丁寧につづった写真絵本。
↓展開は似ていますが「科学のとも」からも出ています。
↓盲導犬の一日をつづった絵本。盲導犬の生活がよくわかる良書です。
↓交通事故から主人を守り、その後国会にまで登場したレジェンド犬の絵本。
まだまだたくさん。
私自身は幼いころ(たぶん小学校中学年くらい)に読んだ↓の児童書がいまだに頭の中にあります。
娘は「ワンちゃんが可愛かった♪」という感想と共に「なんで世の中には目の見えない人がいるんだろう」という疑問がまだ払しょくできないようです。
追加でこちらの本↓も借りてきました。
時間はたっぷりあるのでゆっくり色々なことを感じ、温め、自分のものにしていってほしいです。
本丸を最大限活用するためのFirefoxプラグイン7つ
みなさん、サワディーカップ!
あれは、2002年にNGO団体が介入して世界の人権団体に知らせ政府を動かし。2003か2004あたりに閉鎖されたと思いますが。
※間違ってるかも。
そこは、スワイパー村。通称、スワイパー!
当時の桃源郷とも言われた所。
10歳?くらいから23歳ぐらいまでのベトナム人女性が何百人と居た村。
価格は、ショート5ドル〜 15ドル 泊まりは、20ドル〜30ドルが相場。若いほど、価格は高い。
では、始めます。
朝目覚めて、しばらくするとT君がホテルに着いた事を知らせに来た。
彼は、バイタク仲間が集まる場所で待機してるだろう。私は、いつものベーカリーショップでブレックファースト。
ここのコーヒーは、違和感なく飲める。
ファランが多いはずだ。
高まる心を抑え、どんな場所かも分からない。
写真では、見たのだが。
取り敢えず、観光。
ポルポト政権が拷問、虐殺した刑務所?施設みたいな所に行きました。
拷問の道具や閉じ込められていた場所や写真などが展示されてました。
あまり、みたい気分ではないですね!
一度みたら十分だと思います。
食欲が湧かないものを見たけど、取り敢えず二人でランチを。
スワイパーに行くまでの小さな町の食堂に。
私は、鳥を揚げたやつとライスのぶっかけ飯とスープ。Tくんも、同じものを食べました。
途中、大きな橋を通った時にT君がこれは日本が作ってくれた橋だと教えてくれました。
日本、カンボジア友好橋だそうです。
結構、大きな橋で当時のカンボジアには似合わない不釣り合いな橋だったと思います。しかし、この橋が出来て楽になったと何人もの人から聞きました。
そして、赤土の道路をバイタクは走ります。
白のTシャツを着てバイクで走ると、シャツが真っ赤になりますよ!
そして、スワイパー村の入り口が見えます。
入り口の看板に3ヶ国語でコンドームを付けましょうと書いてあります。笑
バイクで中まで入ります。
スワイパーの中は、ベトナム女子が一杯です。
ベトナム人しかいません。
顔も肌も白く、日本人好みの顔立です。
各店は、オープンで入り口もドアもありません。
オープンスペースで椅子やテーブルが置いてありオープンスペースの奥にはテレビを見てる子、食事をしてる子、本を見てる子、お話してる子、アピールする子、様々です。
監禁されて、無理やりやらされてる感じは、みじんもありません。自由です。逃げようと思えば逃げれます。顔も笑ったりしていて普通に見えます。関所みたいなものも無いのですから。
客は、華僑と日本人と白人だけですね。
ウザい中国人や韓国人はカンボジアには、まだ現れない時代で居ません。
だから、平和だったのかも知れませんね。
道の両サイドに置屋が有ります。間には、食事ができる食堂や茶店などもあり店を回って疲れたら休憩も茶店で出来ます。女の子達もいる場合があります。
私の何軒か回りました。噂に聞く少女の置屋も覗きました。話の通り、小学生高学年から、中学生ぐらいまでの少女ばかり居ました。
話には聞いていましたが、やはりビックリです。
でも彼女らは外には出ないものの、中では明るく元気に遊んだり話したりしてましたよ。私が入って行ったら、ぴったりみんなが私にくっついて顔もアピールしてましたよ。笑
私が想像していたのと、スワイパー全体が違いました。全く自由だし、やらされてる感がありません。彼女達も、職業として割り切って働いてるって感じですね。外国人である、私達が他国の事にあまり口出ししてはいけないレベルだと思いました。
※店側の入り口は、いろいろと危ないから出さないとか。
裏側の住居からは自由にしてるみたいでした。
そして私は買う気は、ないので直ぐに店を出ましたが。
何店舗か見てまわり、私好みの女性がいました。
Bちゃんです。
彼女は、ベトナム語オンリーです。英語が話せるママに聞くと、18歳で最近ここに来たそうです。
彼女に決定です。
価格は、なんと5ドル、5ドルです。
彼女もニコニコして私にぴったり付いてきます。そしたら、反対側に同じようにピッタリくっついてくる子が。私は???
私も連れて行ってみたいな感じです。
Bちゃんもニコニコ。なんか友達みたいでした。
今度は二人で手を合わせてお願いポーズ。
私は全然構わないので。3Pは女の子が嫌がるか、心配なぐらいです。向こうからのお願いなら仕方がないなぁ。久々の3Pやりますか!へへへへ。(^_^*)
二人で10ドルです。これにもビックリです。‼️
これがスワイパーです。
部屋は、綺麗な部屋ではありません。小屋の一室みたいな感じです。普段、彼女らが寝泊まりしてる雰囲気ですね。私は、気にならない程度ですが人に寄っては嫌な人がいるかも。そんな人は、当時のプノンペンに来ないと思いますがね。そして、シャワーはありません。大きな甕に溜めた水を洗面器ですくってかけるみたいな感じです。笑
部屋に戻り、さあプレーです。
彼女達は、私の全身を舐め、こちらも応戦。
いざ、合体。初めは、好みのBちゃんにキスをしながら激しく。次に友達と言う時に、コンドームを変えろと。なるほど。
新たにコンドームをつけて友達と。
Bちゃんは、私を見つめていてくれます。
私がキスをしょうとすると友達はキスを拒否。そしたら、Bちゃんが激しくディープキスをしてくれました。しかし、そのほかはBちゃんより凄
腰の振り、サービスも普通にアナル舐めまでやってくれます。
そしてBちゃんにチェンジ、またコンドームを付け替えフィニッシュ。ハードな、一戦でした。
当然、私には連続二回戦発射は無理でしたね。
夜も控えてるので!笑
ここには、書きませんが内容はかなりハードでした。女の子、値段、サービス、全てに置いて凄いです。さすが桃源郷です。間違いありません。
Bちゃんが身体を流しに行った途端、今まで拒否していた友達が凄いハードなディープキスをしてきました。Bが帰って来る音が聞こえるまで。
キスは、Bちゃんに遠慮してた?何か、約束事があるのか?いまだに謎です。
二人に見送られ、また来てね。今度は、泊まりでと。身体が持ちません。笑
いやぁ、疲れました。心地よい疲れが。
T君は、茶店で待機です。
ホテルに帰ろう。暗くならないうちに。
そして、再度来ようと心に。。。笑
夜は、日本人が経営してる日本料理店に行きました。とんかつ定食とスーパードライをのみました。Tくん、とんかつが美味しいとガツガツ食べました。
そして、バービアに。
何軒かまわりましたが、かわいい子は居ない。
スワイパーレベルの女の子は、プノンペンのバービアには居ません。
違う店にまわろとすると、あれ?さっきあんな子、入り口にいたか?
ストップ!戻るぞ!
入り口の女の子に、話そうとするとママらしき人がこの子は遊びに来てるだけと。
彼女は、少しだけ英語が出来ます。Tくんに一緒に飲まないか?と言ってもらい、ママも彼女がOkay なら構わないと。
彼女は、ニコニコして付いて来ました。
日本人は、初めて話したみたいです。
年齢は18歳?らしい。16,17歳ぐらいに見えるけど。おばあちゃんと二人暮しで、昼は靴屋さんで働いているそうです。名前は、Pちゃん。
今日は、友達に会いに来たと言ってます。
友達だちは、ファランに付いています。
こちらをチラチラ見て手を振ってくれました。
あまり、好みではないなぁ。ファランが好きそうな感じかな。
Pちゃんは、かわいいですよ。コーラを奢り、彼女からの質問に答えます。
今日は、何処に行ったのか?
スワイパーとは、言える筈も無く(≧∇≦)博物館とか適当に。
T君も、分かってるのでちゃんとフォローしてくれました。
そしてPちゃんに一緒に私のホテルに行くか聞いてみると。。。。
次回に続く
※今、パスポートを見て調べてみるとビザが1999年になってました。17年前の話なんですね。歳を取りましたね。(^◇^;)
PS
新しくスワイパー記事を書きました。
一度読んで見て下さい。
2018. 9.8
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もう本丸のことしか考えられない
天皇の住居を「皇居」といいます。
現在の皇居は、江戸時代に徳川幕府が築いた「江戸城」があった場所で、総面積は1,150,436平方メートル、実に日比谷公園の約16倍の広さがあり、
住所番地は「東京都千代田区千代田一番地」、
また郵便番号は100-0001です。
明治天皇が居所を京都御所から東京の旧江戸城に御移しになったのが今の皇居の始まりです。
明治2年からは「皇城」(こうじょう)、また明治21年からは「宮城」(きゅうじょう)と呼ばれるようになり、昭和23年から現在の「皇居」と呼ばれるようになりました。
初めに天皇の御座所(ござしょ)(天皇が普段御過ごしになる場所)とされた旧江戸城西の丸御殿は明治6年に焼失し、以降長らく赤坂離宮が仮皇居とされていました。
明治22年になって元の皇居に新宮殿が完成し、後に「明治宮殿」と呼ばれるようになります。
木造でありながら、重厚華麗な建物でした。しかし、明治宮殿は昭和20年の東京大空襲で焼き落ちてしまいます。
その後、しばらくの間は宮内庁庁舎の一部が仮宮殿とされましたが、昭和43年には明治宮殿のあった場所に新宮殿が完成しました。
それが現在の宮殿です。
鉄筋コンクリート、地上二階、地下一階建て、延面積約23,000平方メートルの新宮殿は、天皇の公的な活動の場として機能しています。
儀式などが行われる「正殿」(せいでん)、正月の一般参賀などで廊下に皇族方が御立ちになることで知られる「長和殿」(ちょうわでん)、宮中晩餐会などが行われる「豊明殿」(ほうめいでん)、そして天皇陛下が執務をなさる「表御座所」(おもてござしょ)などからなり、それぞれが回廊や廊下で結ばれています。
「威厳」よりも「親愛」を、また「荘重」よりも「平明」をとの意図で造営された宮殿は、無駄な装飾を全て省き、簡潔なつくりに徹しています。
ところで天皇陛下が御住まいになっていらっしゃるのは、宮殿よりも奥に位置する吹上御苑(ふきあげぎょえん)です。
昭和天皇は戦前までは明治宮殿に御住まいになっていらっしゃいましたが、昭和20年に宮殿が燃えてしまうと、昭和天皇は御文庫(ごぶんこ)を居所となさいました。
御文庫は、元々は天皇の防空壕として昭和17年に建設されたものです。
砂を詰めた壁と床は厚さが2メートル以上もあり、1トンの爆弾にも耐えられるように設計されていました。
終戦の聖断が下った御前会議が開かれたのもこの場所です。
そして昭和天皇は昭和36年になって、新たに建てられた吹上御所に御住まいになりました。
昭和天皇が崩御遊ばされると、吹上御所は「吹上大宮御所」(ふきあげおおみやごしょ)と呼ばれるようになり、昭和天皇后の香淳皇太后が御住まいになっていらっしゃいましたが、香淳皇太后が崩御遊ばされてからはどなたもお使いになっていらっしゃいません。
また今上天皇は、平成元年に即位遊ばし、平成5年に完成した吹上新御所に御移りになり、現在に至ります。
ところで、全ての皇族方が皇居の中に御住みになっていらっしゃるかといえば、そうではありません。
皇居の中に御住みになっていらっしゃるのは、天皇家のみ(現在は天皇陛下、皇后陛下のみ)です。
皇太子御一家は赤坂御用地内の東宮御所にいらっしゃいますし、その他の皇族方も、赤坂御用地をはじめ、皇居とは別の場所にいらっしゃいます。
皇居にはその他にもたくさんの建物があります。
宮内庁庁舎は皇居内の宮殿の近くに位置し、同じく宮殿の近くには、皇居で最も神聖な場所である宮中三殿(きゅうちゅうさんでん)があります。
宮中三殿の中でも中心に位置するのが、天照大御神を祭る賢所(かしこどころ)で、三種の神器御うちの鏡が奉安されています。
そして天神地祇(てんじんちぎ)を祭る神殿と、歴代天皇と皇族の御霊(みたま)を祭る皇霊殿(こうれいでん)を合わせて三殿呼んでいます。
そして宮中三殿のすぐ近くには、天皇陛下がお手植えをなさる水田が、また宮内庁庁舎のすぐ裏手には、皇后陛下が御養蚕をなさる御養蚕所があります。
皇居の正門は二重橋を渡ったところに位置し、普段は閉ざされていますが、国賓などを迎え入れるほか、新年と天皇誕生日の一般参賀の際に開かれます。
これまで説明してきたのは、皇居の中でも西の丸地区についてでしたが、皇居の東側一帯には「皇居東御苑」と呼ばれ、一般公開されています。
江戸城の本丸跡には今でも石垣が残り、将軍が政務を執った御殿、将軍の配偶者の生活空間だった大奥などの跡地は、現在は芝生となり、憩いの場所となっています。
また、その広大な芝生の敷地では、平成2年に今上天皇の大嘗祭が行われました。
皇居東御苑にはその他にも、宮内庁病院、皇宮警察、厩舎(きゅうしゃ)、宮内庁書陵部、宮内庁雅楽堂、桃華楽堂(とうかがくどう)、三の丸尚蔵館(さんのまるしょうぞうかん)などがあります。
皇居東御苑は春になると美しい梅の花が咲き乱れることで知られています。
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