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このところ毎年、「12月の最初の日曜は青森」が定番である。毎年と言っても、正確にはここ3年のことであるが、何しろ青森といえば我が故郷・秋田も近い。大いに楽しみにしてこの日を迎えるのである。
一昨年も昨年も、青森への出張は秋田を経由して行った。秋田までヒコーキで飛び、秋田から青森までは延々と鉄道を使っていく。始発のヒコーキに乗れば、秋田からは「リゾートしらかみ」を利用して、五能線の美しい海岸線を2時間も3時間も満喫できるのである。
五能線は、しょっちゅう激しい吹雪に襲われる。吹雪になれば列車は運休になるから、青森でのお仕事の前日、天気予報に大いに注意を払う。もしも危ないようなら、秋田から内陸の大館や弘前を通る奥羽本線の特急「つがる」を利用する。その辺は臨機応変なのである。
一昨年と昨年は、風が少し強かったけれども晴天に恵まれた。だから予定通り「リゾートしらかみ」で五能線を北上した。「バスケの町・能代」のホームでは、バスケのシュートに1回だけトライすることだってできる。
(青森、大盛況の風景 1)
しかし今年はマコトに残念なことに、日本海側に大雪の予報が出ていた。秋田から青森にかけては、例年11月20日前後に最初の大雪があり、それが融けてなくなった頃に、2回目の大雪がくる。
それが昔からだいたい12月の初旬であって、翌日に仕事を控えた身としては、十分に用心しなきゃいけない。おお、さすが生まれながらの北東北人。ほとんど「古老の知恵」の域に達している。用心には用心を重ねて、今年は「つがる」で秋田の内陸部を地味に北上することにした。
(12月2日、青森もよく晴れた。海側から見る岩木山の勇姿が美しい)
ついでに古老コロコロ里芋君としては、12月第1日曜の出張、実はホンの少しだけツラいのだ。まさにピンポイントで、ラグビー早明戦と重なるのである。12月2日、秩父宮でのキックオフは午後2時。ワタクシの青森でのお仕事は、午後3時半キックオフである。
秩父宮で直接ゲームを観たい気持ちは否定できない。コロコロ里芋のラグビー観戦歴は、びっくりするほど長いのだ。特に早明戦については、清宮パパがNo.8の選手として活躍した頃はもちろん、そのまた20年も前からテレビでしっかり観戦し続けている。
早稲田の黄金期、SO本城とCTB吉野が縦横無尽に駆け巡った伝説の試合は、試合経過までことごとく記憶している。2013年、旧国立競技場での最後の早明戦も、あえて明治サイドの観客が多数派を占めるスタンドで観戦した。当時の模様は、などを参照していただきたい。
しかしもちろんコロコロ里助は、お仕事も負けず劣らず大好きであって、昔は「どうすんだい?」の同僚たちに「ワーカホリックなんじゃあーりませんか?」と苦笑されたほどである。ラグビーにそわそわして公開授業に集中できないなどと言ふダラシないことには絶対にならない。
(三内丸山遺跡、高床倉庫群のかなたに八甲田山が姿を現した)
ただし諸君、せっかくの青森だ。あえて五能線を回避したからには、翌日の午前中に何か1つ代わりになることをしたいじゃないか。コロコロ君は、「三内丸山遺跡」を選択。お昼の青森駅前から市内循環バス「ねぶたん号」に乗り込んだ。
1回200円で、青森の観光スポットをグルグル回ってくれるのである。こりゃいいや。ミニバスはちょっと狭すぎて、最近ちょっとコロコロ太りすぎた肉体を座席にハメ込むのがツラいけれども、かつての青函連絡船を引き継いだ津軽海峡フェリーの姿だって、バスから間近に眺められた。
(三内丸山遺跡、「大型掘立柱建物」の勇姿)
それにしても、空は少し意地悪なぐらいにキレイに晴れ上がった。お空は真っ青、冬の青森の海岸というものは、強烈な地吹雪にさらされて目の前も見えないほどの日々が続くはずであるが、お日さまにカンカン照らされて気温は急上昇。分厚いコートが場違いに思えるほどである。
そういう冬の輝かしい晴天の中で、三内丸山遺跡には縄文時代の栄光が蘇っていたのである。青森中心部から「ねぶたん号」で30分あまり。「世界文化遺産に」の垂れ幕も、優しいそよ風に揺れていた。
縄文の土器や土偶が大量に発掘された台地には、復元された縄文時代の家屋や集会場が広がる。諸君、何を隠そうコロコロ君は、この縄文の集落跡が懐かしくてならない。
(三内丸山遺跡、高床倉庫の勇姿)
自分が生まれる6000年も7000年も前の光景であるが、間違いなくここにはワタクシの遥かな祖先の、生々しく豪快な息吹が感じられる。豪放磊落な人々の大爆笑が、広い集会所から台地一面に響き渡っているのが聞こえる気がするほどである。
集落の遥か南方の空に、八甲田山が白い姿を見せている。茅や藁や樹皮で葺いた屋根には昨夜の新雪が残り、冬の日に照らされて、雪融けの水滴が絶え間なく落ちてくる。おおこの雰囲気、今井君の育った昭和の秋田とそれほどかけ離れてはいないのである。
感動&感激に両手をプルプル震わせつつ、コロコロ君は帰りの「ねぶたん号」に乗車。帰りもまた超満員で、平日朝の山手線以上に押し合いへし合いだ。
この大混雑には、平成の縄文人も驚異のマナコを見張らざるを得ない。こんなに大人気なら、ミニバスからもっと大型のバスに早く昇格させてあげたほうがいい。
(竪穴住居の屋根に雪が残っていた)
さて「ね
たん号」は、14時05分に「アスパム前」に到着する。「アスパム」は、青森港に面した三角形の建物。どうして三角形にしたのか分からないが、とにかく目立つことは別格だ。ねぶた祭りを見にいくたびに、この三角形には度肝を抜かれていた。
一方で「度肝を抜かれる」という点に関しては、青森のスタッフの皆様も負けず劣らずだったろう。本来なら14時15分に「ホテルJALシティ」のロビーで待ち合わせるはずの今井が、その10分前に会場に直接姿を現した。しかも「ねぶたん号」から降りてきた。まさに縄文サトイモの急襲である。
(アスパムから眺める晴天の八甲田山。199名が死亡した雪中行軍の遭難事件から116年。映画からも40年が経過する)
昨年までの公開授業は、「青森ケーブルテレビ」のビルの一室で実施。しかし今年はグッと受講生が増加する予定で、思い切ってアスパムを使うことになった。
7階の控え室からは青森湾を一望、遥かに津軽海峡の竜飛崎や、下北半島の仏ヶ浦付近と思われる断崖も見える。下北半島は、縄文人が高く振り上げた大きな斧の形。仏ヶ浦は斧の刃に該当する部分であって、その刃のてっぺんの先端が、マグロで有名な大間の町である。
写真には撮ってみたが、さすがにあまりに遠すぎる。夕日を受けて赤く染まった仏ヶ浦の断崖は、小さなブログ写真では見えそうにないから、今日は割愛することにする。
下北半島は、これほど旅ばかりしているコロコロ君も、いまだに訪ねたことがない。むつ、恐山、薬研温泉、大間、仏ヶ浦。地図を眺め、時刻表を開いても、青森からでさえあまりに遥かなスポットばかりなのである。いつかは訪問したいけれども、何かのついでや日帰りでは、とてもたどり着けるところではない。
(青森、大盛況の風景 2)
青森での公開授業は、15時30分開始、17時終了。参加者は約150名、高校入試を控えた中3生が中心。いわゆる「高校部への持ち上げ」が趣旨である。保護者も多数加わった理想的な状況で、今井の登場から退場まで、いつも以上に激烈な大爆笑はとどまるところを知らなかった。
終了後、青森市内「菜の花」にてスタッフの皆様と懇親会。「札幌の佐々木ゼミ(仮名)で今井先生のサテライン授業にかじりついてました」「いや、あの時はサイコーでした」と言われれば、嬉しいというか懐かしいというか、サテラインに週9本も出演していたのは、光陰矢の如し、もう15年も昔のことになるのである。
1E(Cd) Jochum & Bavarian Radio:MOZART/THE CORONATION MASS
2E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 2/5
3E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 3/5
4E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 4/5
5E(Cd) Eschenbach:MOZART/DIE KLAVIERSONATEN 5/5
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