「美月」という宗教

遊園地を一渡り眺め渡してみても、遊具に乗って遊んでいるのは、幼い子供達だけだった。

そんな中、トウ達と同じくらいの年格好をした一人の少年が、何処からともなく現れて、回り続けているメリーゴーランドへと、忍びやかに近付いて行くのが目に入った。

彼は、サーカスの花形スターである空中ブランコ乗りのような、細身の身体にぴったりとフィットする、ごく薄手の衣装を身に付けていた。

それでいて、デザインは決して華美では無く、寧ろ影を思わせるように、何処までも黒々としていた。

「おい、トウ…‥」

その少年の風変わりな見た目と動向を、何となく妙だと感じたのは、トウだけでは無かったらしく、隣にいたフジが短くそう呟きながら、トウの脇腹を、肘で軽く突付いてきた。

トウは、それに対して頷きつつ、フジと共に、軽業師のような身のこなしを見せる少年の動向を、注意深く見守った。

細身の少年は、回り続けているメリーゴーランドの台座へと、危なげ無く飛び乗ると、空いている木馬の背に跨(また)がった。

それから、ジョッキーのように姿勢を低くして、木馬の首に抱き付くような体勢を取った。

そうして木馬の耳許に、何やらひそひそと話し掛けているように見えた。

その一連の作業が終わると、木馬から降り、次の木馬へと跨がった。

細身の少年は、そんなふうにして、メリーゴーランドを構成している全ての木馬に、秘密の言葉を囁き掛けて回っているようだった。

そんな少年の怪しげな動向を、注意深く観察しているのは、疎(まば)らな群集の中でも、フジとトウくらいのものだった。

不思議なことに、他の人々は、特に気に留めていないようだった。

黒ずくめの衣裳に身を包んだ細身の少年は、最後に跨がっていた水色の木馬から降りると、緩やかに回転し続けているメリーゴーランドの台座からも、素早い身のこなしで飛び降りた。

そうして、アスファルトに、身軽にすたっと着地すると、そのまま颯爽と歩き出し、フジとトウの脇を擦り抜けようとした。

しかし、フジとトウは、二人掛かりで、少年の行く手を遮った。

「さっきから、随分と妙なことをしているみたいだな」

「メリーゴーランドの木馬達に、一体何を吹き込んでたんだ？」

細身の少年の肌は、森の奥の暗がりでひっそりと咲いている、月の欠片のようなギンリョウソウを思わせた。

そんな透けるような白さを、肌で表現していた。

そうして顔全体には、複雑で繊細な意匠(いしょう)が、銀色のペイントで丹念に描かれていた。

それはドリームキャッチャーの編み込み模様を彷彿とさせるデザインだった。

目の前に立ちはだかるフジとトウを見据える鋭い瞳は、澄んだ湖水のようなエメラルドグリーンをしている。

細身の少年は、胸の前で徐(おもむろ)に両腕を組んだ。

そんな何気無い仕草からも、並々ならぬ敏捷性が察せられた。

きっと頭の天辺から、足の爪先まで、神経が研ぎ澄まされているのだろう。

「僕は、ドリームゴーランドの木馬の調教師だ。

調教師が木馬を調教して、何が悪い？」

・・・ドリームゴーランド〈全十夜～第三夜～〉へと続く・・・

佐藤美月は、小説家・エッセイストとして、活動しております。執筆依頼は、こちらから承っております。→