米国の戦争マシーンに組み込まれた日本が急ピッチで軍事力を増強中
アメリカは軍事力や経済力を使い、中国を封じ込めて破壊しようとしている。
沖縄をはじめとする日本列島のアメリカ軍基地がそうした戦略の中で重要な役割を果たしていることは言うまでもない。
その政策を実行するため、アメリカは「同盟国」も巻き込もうとしている。
例えば、日本、ベトナム、フィリピンを中核とする東アジア版のNATOをアメリカは考え、そこへ韓国、インド、オーストラリアを結びつけようとした。
ここにきてイギリス、フランス、カナダと言った国々も南シナ海で軍事的な活動を始めている。
アメリカは日本と安全保障条約、オーストラリアやニュージーランドとはANZUS条約を結んでいるが、太平洋地域の軍事的な同盟を強化しようということだろう。
その基盤にはイギリスで20世紀初頭以前に唱えられた戦略がある。
現在、日本の軍事力増強は世界的な話題になっている。
例えば、地上配備型イージスシステム「イージス・アショア」配備、艦首から艦尾まで平らな「全通甲板」を有し、その外観がアメリカ海軍の強襲揚陸艦「アメリカ」を連想させる「いずも」と「かが」の就航、それと連動したMV22オスプレイやF-35Bの購入などだ。
2019年度から23年度の中期防衛力整備計画(中期防)は総額で27兆円台になると言われ、高額低性能の戦闘機、F-35A/Bを100機購入する方針だともいうが、それ以上に注目されているのは日本の海兵隊とも言われているARDB(水陸機動団)の創設だろう。
このARDBは今年(2018年)3月に創設された陸上総隊の直轄部隊で、本部は長崎県佐世保市の相浦駐屯地に設置されるという。
この部隊の創設に合わせて「いずも」や「かが」は建造されたように見える。
日本政府は12月14日、沖縄県名護市辺野古のアメリカ軍キャンプ・シュワブ南側の沿岸部に土砂を投入し始め、「新基地建設」を本格化させようとしている。
この基地建設で普天間飛行場が返還されると考えるのは楽観的すぎる。
この新基地建設も軍事力増強の一環だろうが、この建設問題の陰で日本の軍事力増強は急ピッチで進められていた。
新基地の建設が明らかにされたのは1996年4月のこと。
当時の橋本龍太郎首相とウォルター・モンデール駐日米大使が「普天間基地の返還合意」を発表したのだ。
本ブログでは繰り返し書いてきたが、その前年、つまり1995年に日本をアメリカの戦争マシーンへ組み込む報告書が発表されている。
国防次官補だったジョセイフ・ナイが作成した「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」だ。
この報告は国連中心主義の立場を放棄し、アメリカの単独行動を容認するように求めている。
ナイ・レポートが発表された直前から直後にかけて、日本政府を揺さぶる事件が立て続けに引き起こされている。
1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれた事件(松本サリン事件)、95年3月20日には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布されるという事件(地下鉄サリン事件)、同じ月の30日には警察庁長官だった國松孝次が狙撃され、重傷を負った。
さらに、1995年8月27日付けのスターズ・アンド・ストライプ紙(アメリカ軍の準機関紙)には、1985年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。
その当時、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C-130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づいている。
記事の内容は割愛するが、自衛隊の責任を示唆するものだった。
1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンへがっちり組み込まれていくが、ナイ・レポートのベースはアメリカ国防総省が1992年2月に作成されたDPG草案、いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリン。
当時、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから、こう呼ばれている。
その頃の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ。
副大統領のリチャード・チェイニーやウォルフォウィッツは戦争ビジネスとも結びついたネオコンで、好戦的だった。
ウォルフォウィッツ・ドクトリンが作成される直前の1991年12月にソ連は消滅、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと信じ、潜在的なライバルを潰しにかかる。
西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアなどだ。
ソ連消滅後のボリス・エリツィンが君臨するロシアはウォール街やシティの属国。
最も警戒すべき潜在的ライバルは中国だと考え、東アジア重視が主張された。
力の源泉でもあるエネルギー資源を支配するため、中東やアフリカなどの国々もターゲットになる。
ウェズリー
クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、ドクトリンが作成される前年、ウォルフォウィッツ次官はイラク、シリア、イランを殲滅するとしていた。
このウォルフォウィッツ・ドクトリンは21世紀に入ってロシアが再独立したことから破綻しているのだが、ネオコンは一度作成された予定表を変更しそうにない。
2014年にネオコンがウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させるとロシアと中国は接近、戦略的な同盟関係を結んだ。
それでもネオコンは一度作成された予定表を変更しそうにない。
アメリカ支配層は核戦争でロシアや中国を脅しているが、この両国が脅しに屈するとは思えない。
それでも脅しをエスカレートさせていけば、どこかの時点で戦争になる。
そのときのための準備を日本政府は進めている。
核戦争の準備をさせられている日本の運命
歴史は大きな節目にさしかかっている。
アメリカを中心とする支配システムを支えてきたドル体制が揺らぎ、新しいシステムへ移行する可能性が高まっていると考える人は少なくない。
新秩序をどのようなものにするかで軍事的にも経済的にも緊張が高まっている。
そうした中で日本はアメリカ支配層のコントール下、軍事力を増強してきた。
本ブログでは繰り返し書いてきたが、1992年2月にネオコンが作成した世界制覇プランに基づき、日本は95年からアメリカの戦争マシーンに組み込まれてきた。
そのひとつの結果が目の前に出現しつつある。
イージス・アショア、MV22オスプレイ、F-35Bといった兵器をアメリカの軍需企業を設けさせるだけのために購入するわけではない。
ARDB(水陸機動団)の創設と同じようにアメリカの軍事戦略が深く関係、その戦争マシーンの一部として機能するために必要なのだ。
第2次世界大戦後、アメリカの軍事戦略は中心に核兵器が据えられた。
例えば、SAC(戦略空軍総司令部)が1954年に作成した計画では、600から750個の核爆弾をソ連へ投下、約6000万人を殺すことになっている。
この年の終わりにアメリカ軍はヨーロッパへ核兵器を配備した。
1957年になるとアメリカ軍の内部でソ連に対する先制核攻撃を準備し始めるている。
この年の初頭、アメリカ軍はソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成、300個の核爆弾をソ連の100都市で使うことにしている。
核攻撃を実現するためには核兵器を運搬する能力が必要。
そのためには兵器を小型化し、戦略爆撃機やICBM(大陸間弾道ミサイル)を準備する必要がある。
しかも相手国、つまりソ連がそうした準備のできない段階で攻撃しなければならない。
テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、リーマン・レムニッツァーJCS議長やSAC司令官だったカーティス・ルメイを含む軍の好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定だったというが、その計画を当時の大統領、ジョン・F・ケネディが阻止、そのケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺されてしまった。
ケネディ大統領が暗殺された翌年の1964年に中国が初めて核実験を実施、日本政府はこの出来事にすぐ反応、内部で核武装への道を模索する動きが具体的に出始めている。
NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年にアメリカを訪問した佐藤首相はリンドン・ジョンソン米大統領に対し、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。
佐藤首相は1967年の訪米時、「わが国に対するあらゆる攻撃、核攻撃に対しても日本を守ると言うことを期待したい」とアメリカ側に求め、ジョンソン大統領は「私が大統領である限り、我々の約束は守る」と答えたという。
その一方、日本政府は1969年2月に西ドイツ政府と秘密裏に会談し、核武装によって超大国への道を歩もうと持ちかけたという。
この提案を西ドイツは拒否したというが、それでも日本側はあきらめない。
10年から15年の期間で核武装すると想定、核爆弾製造、核分裂性物質製造、ロケット技術開発、誘導装置開発などについて調査し、技術的には容易に実現できるという結論に達している。
日本政府が西ドイツ政府と秘密会談していた1969年にアメリカの大統領はリチャード・ニクソンになっているが、その大統領補佐官を務めていたヘンリー・キッシンジャーは彼のスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装するべきだと語っていたという。
それに対し、1977年1月から81年1月までアメリカ大統領だったジミー・カーターは日本の核武装に反対、兵器級のプルトニウムを生産させないために高速増殖炉の常陽からブランケットを外させたという。
しかし、1981年にロナルド・レーガンが大統領に就任するとアメリカ政府の内部に日本の核武装計
を支援する動きが出てくる。
例えば、東海再処理工場に付属する施設として1995年に着工されたRETF(リサイクル機器試験施設)はプルトニウムを分離/抽出するための施設だが、この施設向けににアメリカ政府が提供した技術の中には「機微な核技術」、つまり軍事技術が含まれていた。
ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、東京電力の福島第1原発が過酷事故を起こした当時、日本には約70トンの兵器級プルトニウムがあったという。
トレントに限らず、アメリカの情報機関は日本が核兵器を開発してきたと確信している。
ロナルド・レーガン時代のアメリカでは増殖炉計画がスタート、1980年から87年にかけての期間にエネルギー省は160億ドルを投入したというが、87年に議会はこの計画への予算を打ち切る。
そこで目をつけられたのが日本の電力業界。
共同研究という形で研究資金の大部分を負担させ、その代償として核関連の技術を格安の値段で売り渡しすことにしたのだ。
そして高性能プルトニウム分離装置がサバンナ・リバー・サイトからRETFへ移転されたのである。
福島第1原発が事故を起こす3日前に出たインディペンデント紙、つまり2011年3月8日付けの紙面には石原慎太郎のインタビュー記事が掲載されていた。
それによると、外交力とは核兵器なのであり、核兵器を日本が持っていれば中国は尖閣諸島に手を出さないだろうと石原は発言したという。
核兵器で脅せば相手は屈するというネオコン的な発想だ。
こうした発想が石原だけのものではないだろう。
どこかの時点で日本政府が隣国を核兵器で威嚇しても不思議ではない。
ロシアのウラジミル・プーチン政権は核兵器の使用が破滅的な結果をもたらすと再三警告しているが、それを日本の支配層、つまりネオコンのようなアメリカ支配層の代理人が理解できるかどうかは不明だ。
少なくとも石原は理解できていなかった。
アメリカにとって日本は属国であり、自分たちの利益を実現するための道具にすぎない。
アメリカ支配層と同盟関係にあると言えるのはイギリスやイスラエルの支配層だけだろう。
それを象徴する連合体が存在する。
アメリカのNSAとイギリスのGCHQを中心とする電子情報機関で編成されたUKUSA(ユクザ)だ。
このUKUSAはファイブ・アイズと呼ばれることがある。
それはNSAとGCHQのほかにカナダのCSE、オーストラリアのASD、ニュージーランドのGCSBがその連合体に参加しているからだが、最初の2カ国と残りの3カ国では立場が全く違う。
言うまでもなく、この5カ国はアングロ・サクソン系。
イスラエルとは緊密な関係にあり、アングロ・シオニストと総称されることもあるが、他の「同盟国」に主体性はない。
そうした「同盟国」の大半には情報機関が存在するが、いずれもアメリカ支配層の指揮下にあると見られている。
かつてソ連の内務官僚は支配下の国々をコントロールするため、各国の情報機関を利用していた。
同じことをアメリカの支配層も行っている。
さらに、NATO、ANZUS、安全保障条約といった軍事同盟も支配のために使われてきた。
日本には世界情勢を客観的に分析せず、闇雲に軍事力を誇示したがる人が支配層にも被支配層にもいる。
そうした人々を操ってきたのがファイブ・アイズの支配層だが、歴史の転換期に日本人を暴走させ、その結果の責任をすべて負わせようとする可能性は否定できない。
(了)
ロシア空軍の Su-35S 戦闘機が、米空軍の F22 ステルス戦闘機を完全にロックオンした、衝撃の画像!
日韓レーダー照射事件でロックオンという言葉が出てきた関係で、非常に興味深いロックオン事件を、息子に教えてもらいました。
それが、冒頭にある米空軍のステルス戦闘機 F22がロックオンされた画像です。
この 1 枚は衝撃的な破壊力があり、その筋では世界を駆け巡ったようです。
状況を理解するには、下から順にご覧ください。
2017 年 11 月 23 日の出来事です。
ロシアの編隊が、シリア上空からダーイシュ(ISIS)を攻撃していました。
ところが、米軍の F22 戦闘機が攻撃を妨害。
ロシアの高性能戦闘機 Su-35Sが緊急発進し、米戦闘機は“危険行為を止め、イラク空域に逃げていった”とロシアは発表しました。
これに対してアメリカ側は、“発表内容が真実ではない”とし、有志連合軍がダーイシュを保護、あるいはダーイシュへの空爆に消極的だとの主張は、虚偽であるとも発言。
米露の主張は食い違っていました。
ところが、今年の 9 月 24 日、Facebook に衝撃的な画像が掲載されました。
そこには、ロシア空軍の Su-35S 戦闘機が、米空軍の F22 ステルス戦闘機をロックオンした画像が出ていたのです。
この衝撃の 1 枚は、その日のうちに世界中を駆け巡ったようです。
レーダーに映らないとされるステルス戦闘機が、赤外線追尾装置で捕捉出来ることが、この画像からわかります。
また、それまで無敵と考えられていた F22 戦闘機が完全にロックオンされているわけで、この画像は、ロシアの戦闘機の性能の高さを証明するものになってしまいました。
これは、今後の戦闘機の売れ行きに大きな影響を与えます。
何よりも、アメリカ側が嘘をついていたことがばれてしまいました。
この 1 枚によって、米露の論争はピタリと止んでしまったとのことです。